高橋義郎のブログ

経営品質、バランススコアカード、リスクマネジメント、ISO経営、江戸東京、などについてのコミュニティ型ブログです。

BSCを見直す(10)ツルハとウエルシアの経営統合に見るBSC的考察

 企業や経営の情報に触れると、バランススコアカード(BSC)のフレームワーク(5つの視点の因果関係)でそれらの情報を整理する習慣がついてしまい、その一例を最近掲載された新聞記事を材料にして考えてみました。その記事は「ツルハとウエルシア、経営統合へ」(日本経済新聞、2024年3月10日付)という見出しで掲載されたもので、「稼ぐ力の向上急務」という副題が紙面に踊っていました。

 ドラッグストア首位のウエルシアホールディングス(HD)(以下、ウエルシア)とツルハホールディングス(以下、ツルハ)が2027年末までに経営統合し、調剤を柱に健康関連事業を構築してアジア有数のヘルスケア企業を目指し、そのため、「稼ぐ力」の向上が急務になるという話でした。両社の連合で、病気予防から治療まで包括的にサービスを提供する総合ヘルスケア企業になろうという目的で、食品の購買データや薬歴などの情報を一元化し、日々の食事指導から病気にかかった時の相談にも対応するという結構な戦略のシナリオが報道されていました。

 ベンチマーキング先とも言える先行モデルは米国のCVSヘルスで、健康保険、薬局サービス、小売りの3つの総売上高は約47兆円(22年度)に上る企業です。ウエルシアとツルハの売上高(22年度)は3406億円。調剤最大手のアインホールディングスを上回る規模ですが、稼ぐ力(収益性)は国内の競合に見劣りすると言われています(純利益vs営業利益率の2軸マトリクス図による)。統合効果で稼ぐ力を高めるには、仕入れ先や経営手法などを一致させて、足並みをそろえる必要があるとのこと。マツキヨココの場合、旧マツキヨのやり方にココカラフファイン側が合わせてことで収益が改善した事例も紹介されていました。簡単すぎる事例かもしれませんが、

<財務の視点>
・「稼ぐ力」の向上(純利益、営業利益率など)
   ↑
<顧客の視点>
・調剤業界でのマーケットシェア拡大
・健康支援による評価の向上
   ↑
<変革プロセスの視点>
・アジアでのマーケティング戦略の展開
・病気予防から治療まで包括的にサービスを提供する業務体制の構築
・両社の仕入れ先や経営手法などを一致させる取り組みとシナジー効果
   ↑
<組織能力の視点>
・顧客の食品購買データや薬歴などの情報の一元化
・米国CVSヘルス社のベンチマーキング
   ↑
<経営の視点(目指す姿)>
・調剤を柱に健康関連事業を構築してアジア有数のヘルスケア企業を目指す

などといった5つの視点の因果関係で整理できるのではないでしょうか。BSCのフレームワークで経営情報を整理すると、戦略のシナリオやストーリーが「見える化」できると考えていますが、如何でしょうか。

(以上)

BSCを見直す(9)BSCの視点の因果関係で企業分析を!

 BSCの4つ(或いは5つ)の視点の因果関係は、企業などの経営情報を整理するときに役立ちます。少しカッコよく言えば「簡単な経営分析」とも言えるもので、筆者は日常的に利用しています。例えば、最近のビジネス誌(日経ビジネス、2024年2月19日号)に紹介されたミスミという企業について考えてみたいと思います。

 ミスミグループ本社は膨大な数の変種変量の部品を標準納期2日、納期順守率99.9%で顧客に届けるという経営をしています。超高効率のものづくりは人工知能(AI)などのデジタル技術が支え、その結果として、「ミスミは製造業のアマゾン」と言われる評価を受けているようです。

 すべてがワンストップのウエブサイトで完結できるのは、AIを使ったミスミの自動見積りシステム「メビー」。顧客が入力する機械部品の3次元CADデータにより十数秒で価格と納期を示し、正式発注後に瞬時に工場で生産が始まります。ミスミはモノではなく時間という価値を顧客に提供していることに注目したいところです。

 主な生産品の金型部品では、1日の平均受注件数が毎日3割も増減するとのこと。「最短即日出荷」でさばくには「電子差立で」というシステムで、納期のほか加工に必要な機械や工具が使えるタイミング、従業員の出勤状況といった様々な要因を勘案して受注部品の生産順序を決めるデジタル技術で自動生成。加えて、自社開発した研削盤「アラシ」の改良により1ロットあたりの製造時間を21時間から40分にまで縮めたという効率化を追求しました。

 受注から加工に入るまでが手間暇の温床でしたが金型部品のリードタイムは工場稼働当初に比べ30分の1に短縮され生産性は7.5倍に。金型部品では競合他社と比べてコストを半減できているということです。一方、メビーは顧客が生産してほしい部品を自由にアップロードするので型番はなく、型番レスのデジタルものづくりは、 3D図面データから直接すぐに加工に入る製造モデルにより「時間価値にもっとこだわる」ものづくりの革新を続けています。

 そのようなミスミの経営をBSCの5つの視点の因果関係で表すと次のようになるのではないでしょうか。読者の意見を待ちたいところです。

<組織価値・財務の視点>
・中期経営計画の達成
・高い金型部品の生産性の実現
   ↑
<顧客・社会の視点>
・製造業のアマゾンと高評価される高い顧客満足度の獲得
・モノではなく時間という顧客価値の提供
   ↑
<業務の変革・改善プロセスの視点>
・金型部品のリードタイムの大幅短縮
・納期順守率99.9%の実現
・変種変量の部品の標準納期2日の実現
・自社開発した研削盤「アラシ」の改良による製造時間の大幅短縮
・自動見積もりシステム「メビー」による見積もり業務時間の短縮
・「電子差立て」による受注部品の最適・最短な生産順序の決定
   ↑
<学習と成長(人や組織の能力)の視点>
・超高効率ものづくりへの人工知能(AI)などのデジタル技術システム構築
・DXで自動見積、電子差立、加工プログラム等を自動生成するシステム開発
・経営目標実現に向けた人財育成(求められる力量を保持した人的資源確保)
   ↑
<経営の視点>
・時間価値提供にこだわり最短即日出荷方針を実現し、モノづくり革新を継続。

(以上)

 

BSCを見直す(8)管理会計のツールとして注目されたBSC

 KPI(Key Performance Indicator)の書籍を読んでいたら、BSC(Balanced Scorecard)についての説明がありました。管理会計の著名なツールとして紹介されていたのですが、確かに2000年前後には管理会計の先生方からインタビューや執筆依頼が多くあった覚えがあります。前述したような4つの視点についてKPIやKGI(Key Goal Indicator)を設定し、戦略の実行を推進するものと書かれています。戦略マップについても触れ、それぞれのKPIの因果関係も明らかになることや、従業員一人ひとりが自分の役割や貢献が経営の目的を達成することに繋がっているという認識、すなわち当事者意識を持つことができることにおいて副次的なメリットがあることを強調していました。

 同書はKGIをKPIに含めており、組織や個人が目標達成に向かって業務が順調に進んでいるかどうかを確認するための重要な指標としています。KPIの効用としては、物事が可視化されることで管理しやすくなることや、KPIを時系列で見ていくと事前にリスクや問題の発生の兆候に把握することができ必要な手を打つことができるといったことでしょう。いわゆる、PDCAサイクルを回してKPIを戦略目標に落とし込むことになります。ちなみに、どのようなKPIを選ぶかは、組織あるいは個人が何を目指し達成するのかによって、違ってきますので、上司と部下、あるいは当事者同士でよく話し合って納得目標を決めていくことが大切です。納得目標になれば、従業員のモチベーションを高める効果も期待できるはずです。KPIは外部や内部の状況が変化してくれば自ずと変わってくることも留意する必要がありますので、適宜、見直しをする仕組みを作り実践することが不可欠となります。

(参考及び引用)『KPI大全:重要経営指標100の読み方&使い方』グロービス・嶋田毅、東洋経済新報社、2020年)

 

BSCを見直す(7)ビジネスフレームワークの一員になったBSC

 数年前に出版されたビジネスフレームワークの入門書を買い求めたところ、BSCが戦略策定のフレームワークとして紹介されていました。経営目標を達成するための4つの視点という説明書きがあり、経営戦略を事項するためのマネジメント手法ともあります。財務、顧客、業務プロセス、学習と成長の4つの視点で整理し、4つの視点のつながりを明確にするために戦略マップを紹介しています。いわゆる、単なる売上至上主義ではなく、顧客目線・従業員目線を含んだバランスのよいマネジメントにつながるものとしているのは、我が意を得たように感じました。(出所:『図解でわかるビジネスフレームワーク、いちばん最初に読む本』福島正人・岩崎彰吾、アニモ出版、2020年)

 ちょうどそのころ、JAL(日本航空)の12人のパイロットと客室乗務員が、羽田空港で起きた航空機同士の衝突事故で炎上したJAL機から乗客・乗員を無事脱出させた新聞記事を読みました。その記事を読み進むうちに、この事例でもBSCの4つの視点の因果関係が機能していたのだなと改めて認識したことがありました。記事の詳細は日本経済新聞(2024年2月10日付)に譲るとして、彼らの行動を4つの視点の因果関係にまとめると次のようになるのではないでしょうか。

<財務の視点> ・JALブランドの向上

   ↓↑

<顧客の視点> ・顧客・乗員の無事な脱出、・日頃の訓練の成果の発揮

   ↓↑

<業務プロセスの視点> ・安全・行動のルール・仕組みに基づく業務の実践

   ↓↑

<学習と成長> ・安全・行動のルール・仕組みの構築
        ・それらの訓練による組織・個人の能力向上

 空の安全に立脚した航空会社のPDCAを絶えず磨き続けている姿が見られます。

(以上)

 

<延期>桜美林大学大学院実践ビジネス戦略セミナー(2月18日)

昨年末に桜美林大学大学院実践ビジネス戦略セミナーを2月18日(日)に新宿キャンパスで開催することをご案内しましたが、諸事情のため延期することとなりましたことを、お知らせします。

既に来校を予定されておられた場合には、深くお詫び申し上げます。

なお、2月26日(月)、3月19日(火)の「組織力向上のための経営ツールとマネジメントシステムの活用法~ISOの効果を“見える化”する」は予定どおり開催いたします。

1回目(1月31日)の受講者アンケートでは、多くの皆様にお役に立てたと伺っています。

ご興味があれば、是非とも下記URLよりお申込み下さい。

https://www.jqa.jp/service_list/management/topics/topics_ms_453.html

(以上)

 

BSCを見直す(6)戦略マップは戦略共有のコミュニケーションツール

 前回の稿で戦略マップについて紹介しましたが、1か月ほど前に、ある知人から戦略マップが役に立ったというメールをもらいました。

 そのメールによれば、筆者の『経営は5つの視点の因果関係で考える』に掲載してある戦略アップを参考にして中期開発計画の説明を経営チームにしたところ、これが思いのほか好評で、「分かりやすい」とか「良く理解できた」といった意見が寄せられたとのことでした。

 「どんな本を参考にしたのか」などという質問もあったそうで、単に開発計画を述べるだけではなく、事業成果や顧客視点につながることが強調できたことが成功要因だったのでしょう。

 ことほどさように、戦略マップは事業戦略のシナリオをビジュアルに因果関係を明らかにできることから、事業戦略を理解・共有できるコミュニケーションツールとしても有益です。

 かつて都立病院でBSC(バランススコアカード)を導入し展開していた医師にインタビューをしたことがありますが、同氏もBSCの有効な機能としてはコミュニケーションツールとしての役割だったと述懐していたことを覚えています。

 5つの視点の因果関係、すなわち、経営の視点→個人・組織の能力(学習と成長)の視点→変革・改善プロセスの視点→顧客・社会の視点→事業成果の視点という全体最適の流れは、これを聞く経営チームには納得感と安堵感が生まれるはずです。

 なぜならば、開発担当部署(あるいは担当者)が事業成果を念頭において開発計画を作る全体最適志向と、開発業務自体の遂行を目的として作る部署最適志向とでは、おのずと開発計画のシナリオが違ってくるからです。

 前者は会社の事業戦略に沿ったシナリオになるのに対して、後者ではそうならない傾向・可能性が高くなるのではないかと危惧されてしまいます。BSCが全体最適化経営を支援できる理由が、ここにあります。

(以上)

 

BSCを見直す(5)BSCの基礎知識を理解する

BSC(バランススコアカード、Balanced Scorecard)と全体最適化経営について述べてきましたが、ここでBSCの基礎知識を整理してみたいと思います。箇条書きにしてみましたので、ご参考になれば幸いです。

◆ BSCが導入される主な背景

・達成目標の選択と集中ができていない
・目標達成のためのシナリオ不在
・シナリオへの合意とコミットメントが不充分
・PDCAサイクルを回す仕組みが無い
・BSCの特徴は、文字どおりバランスが取れることであり、単なる売上至上主義ではなく、顧客目線や従業員目線を含んだバランスのよいマネジメントにつながることが重要。
・BSCは、財務、顧客、業務プロセス、学習・成長などの4つの視点のバランスをとって企業戦略を検討する手法。

◆ BSCの4つの視点を理解する

BSCの4つの視点のバランスをとることは、それらの因果関係(連鎖)を高めて全体最適な戦略や目標を策定していくこと。
・財務の視点:財務目標、企業価値などの達成
・顧客の視点:顧客からの高い評価
・業務プロセスの視点:価値創造のプロセス(製品・サービス)
・学習・成長の視点:人や組織の能力(学習する組織)

  • 4つの視点を理解する

・「財務の視点」:株主の視点、経営者の視点、とも言われる。達成したい事業目標を測るための重要な指標。
・「顧客の視点」:社会の視点、環境の視点、とも言われる。顧客・社会などの評価が如何に「財務の視点」に寄与できるか。
・「プロセスの視点」:業務・改善・変革の視点、パートナーの視点、とも言われる。価値創造のプロセスで如何に「顧客の視点」に寄与できるか。
・「学習と成長の視点」:組織や従業員の能力の視点、とも言われる。どうなれば「プロセスの視点」が実現達成できるのか。

◆ BSCを構成する戦略マップとスコアカード

・戦略マップ:重要戦略をBSCの「4つの視点」で整理し、戦略(重要成功要因)間の因果関係を明確にし、戦略達成のためのシナリオを明確にし、関係者で共有化するために作成する。既存の戦略を評価検証するためにも使用されることもある。
・スコアカード:重要戦略の達成度(業績)を管理・評価するために、評価指標(KPI)と目標値(+期間目標)を検討・決定する。一般的には 「4つの視点」を基本型(=たたき台)として、視点の過不足や呼称を検討する

◆ 重要成功要因(CSF)とは

・重要成功要因(Critical Success Factor)。
・経営戦略(例えば事業計画として具体的に策定されているもの)の達成を実現するために非常に重要と思われる要因。
・上位の目的を達成するための重要成功要因の抽出選択が戦略全体の成否を左右する。

◆ 評価指標(KPI)

・評価指標(Key Performance Indicator)
・評価指標は、重要成功要因の実現度合いを測る(評価する)ために設定
・測ることが出来る定量的な指標の選択が望ましい。
・評価指標には、先行指標と結果指標がある

◆ スコアカードの目標のKGIとKPIを理解する

・ビジネスの目標を数値化して進捗管理する指標で、組織や個人が目標達成に向かって業務が順調に進んでいるかどうかを確認するための重要な指標。
・KGI(Key Goal Indicator)は最終目標に近い指標。
(例:売上高(金額)、営業利益(金額)、営業利益率(%)など)
・KPI(key Performance Indicator)はKGIを達成するための重要な数値指標。
(例:飲食店では来店客数(人)、平均客単価(金額/人)、食材比率(%)など)
・KPIを達成するには具体的な施策やアクションプランが策定される。
・ビジネスや担当業務によって、使用するKGIやKPIは異なるので、それぞれの組織が現実を踏まえて「何を達成したいのか」、「何をすべきなのか」を考えながら議論して設定することが重要。KGIを分解したロジックツリー(KPIツリー)を活用することも有効。

◆ BSCを活用した戦略の検証と提案の策定の一例

・組織が目指す経営戦略をBSC(戦略マップとスコアカード)で整理し、戦略の「あるべき姿」を「見える化」する。
・同様に、組織の現状をBSCで再現し、「あるべき姿」のBSCと、現状のBSCを比較検討して、戦略マップで示されたシナリオが妥当なのかどうか、現状のBSCで欠けているKGIやKPIがないかどうか、設定されたKGIやKPIの妥当性は大丈夫かなどを検討し、改善へ。

◆ まとめ

・設定されたそれぞれの目標は、組織や部門が最終的に達成すべき目標(例えば戦略目標、中期事業計画、等)の実現につながるように策定されていること。
・4つの視点の因果関係が考慮されていること。
・重要成功要因の選択基準が明確であること。
・成果指標が重要成功要因の達成状況を正しく把握できる。
・計画(企画)、実行、評価、結果のバランスと評価(PDCA)を行っていること。

(以上)

BSCを見直す(4)5つの視点の因果関係と全体最適化経営

 筆者が持ち続けてきた研究テーマのひとつに、全体最適化経営があります。具体的には、ビジネスエクセレンスモデル(BEM)を軸として経営のフレームワークを整え、目標管理をバランススコアカード(BSC)で、その実践ツールとしてISOマネジメントシステム(ISO・MS)を活用していく経営のモデルでした。これらBEM、BSC、ISO・MSは、いずれも5つの視点の因果関係という共通した構成要素を持っているために、一緒に使っても相互に阻害される要因がほとんどないという背景があります。

 また、この5つの視点の因果関係のモデルを縦糸に例えるならば、横糸には様々なビジネスモデルや業態を織り込んでいくことが可能になるはずです。そういった意味において、5つの視点の因果関係は、経営における普遍的な理論として捉えることができるのではないかと、筆者は考えています。これまでの研究成果は、『経営は5つの視点の因果関係で考える』(桜美林大学出版会、2022年)をはじめ、文末の参考文献に紹介した文献等にまとめてみましたので、ご興味のある方は一読願えれば幸いです。

 世の中に多くの好事例があるなかで、前回では石坂産業株式会社の事例を紹介させていただきました。選ばせていただいた理由の1つ目は、前述した3つの全体最適化経営のモデルに合致していたことです。2023年3月に開催された桜美林大学大学院のビジネス戦略セミナーに登壇いただいた石坂産業株式会社のお話の中でも、同社の取り組みが5つの視点の因果関係と整合していることを示唆されていました。 

 2つ目としては、実際に5つの視点の因果関係で分析すると、きちんと分類・整理されて検証ができたということでした。特に、日本経営品質賞という社会システムのビジネスエクセレンスモデルに、ISOマネジメントシステムという技術システムを融合させた経営の取り組みは、筆者にとりまして非常に興味のある研究事例と言えます。

 「エクセレントなのは経営ではなくて、経営者である」という主張を持つ著名な教授がおられます。彼の著書を読んでみると、「経営とは人なり」という古い言葉が脳裏に強く浮かんできます。筆者も、5つの視点の因果関係と全体最適化経営の導入と展開の経験を通じて、同じ思いを持ったからでした。ただ、いかに優れたリーダーやスタッフがいても、やはり仕事を支える仕組みがないことには、なかなかうまく進めていくことはできないのではないでしょうか。

 そのような意味で、5つの視点の因果関係の考え方が、より多くの組織やビジネスリーダーに利活用されることを願い、今回までの参考文献を以下に紹介しておきます。

(参考文献>

・高橋義郎「10分間で学ぶ経営管理」『日経情報ストラテジー』2006年1月号~6月号

・高橋義郎「戦略の空文化を防ぐ非財務指標の選び方」『日経ビジネスマネジメント』 Spring, 2009, Vol.005

・高橋義郎『使える!バランススコアカード』PHPビジネス新書、PHP研究所、2007年

・高橋義郎(共著)『革新的中小企業のグローバル戦略』同文舘出版、2015年

・高橋義郎「ISO・全体最適経営」『中堅企業の成長戦略』同文舘出版、2017年

・高橋義郎「5つの視点の因果関係で導く全体最適経営」『アイソス』システム規格社、2022年、7月号

・高橋義郎『経営は5つの視点の因果関係で考える』桜美林大学出版会、論創社、2022年

・経営品質協議会『2011年度版経営品質向上プログラムアセスメントガイドブック』生産出版、2011年

・日本経営品質賞委員会『2021年度版日本経営品質賞アセスメント基準書』生産性出版/日本生産性本部、2021

・日本経営品質賞委員会・石坂産業株式会社『2020年度経営品質報告書(要約版)』生産性出版、2021年

・島麻希子『ソーシャルシステムの石坂産業における実践事例』桜美林大学大学院ビ ジネス戦略セミナー講演録、2023年2月

(以上)

BSCを見直す(3)5つの視点の因果関係と経営品質向上活動

 石坂産業株式会社は既に多くのメディアで報道され、日本経営品質賞受賞企業として著名な企業なのですが、本稿のテーマである「5つの視点の因果関係で読み解く経営品質向上活動の実践例としての切り口で、再度考察してみることにします。
 受賞後に発行された『2020年度経営品質報告書要約版』によると、同社は理想的な姿実現に向け、ISOの要求事項に基づく評価軸(いわゆる技術システム)と、経営品質向上プログラムの評価軸(いわゆる社会システム)の2つのフレームで振り返りを行っています。
 7種のISOマネジメントシステムを統合した業務プロセスの是正・改善の取組みに、あるべき姿に対する組織の成熟度や成長レベルを評価する経営品質の視点を融合させたものにし、日々の取組みの振り返りにおいては、PDCAL(Plan-Do-Check-Act-Learn)の考え方をもとに振り返りを実施しているそうです。
 なかでも、教育プログラムの品質向上のため、ISO29990(現在ISO29993)の学習・サービスの国際規格を新たに取得していることや、「見せる経営」としてコーズ・リレーテッド・マーケティングを展開し、来場者に同社の施設や取り組みを見せることで、先進的な取り組みに理解を促し認知度を高め、口コミ効果で理念や価値に共感する顧客を創出し(CSV)、B2BからB2Cに売上や利益を向上させる戦略をとるなど、卓越した路線を歩んでいることは特筆されるべきことでしょう。
 価値創造プロセスの視点から言えば、廃棄物処理の「縮減」事業から「資源化」事業に業態転換を図り、特に不法投棄の中でも量が多く同業者が資源化に手を出さない事業領域である土砂系建設廃棄物と建設発生土が混ざった建設副産物を資源化する分別分級の技術開発に専念。土砂系を資源化する専門設備や機器メーカーは存在しないため、自社で複合的に設備機器を組合せトライ&エラーを繰り返し独自の処理プラントを完成させ、この技術開発が、現在同業者の廃棄物を受入れることに繋がっているなど、なかなか目のつけどころが素晴らしいですね。
 アウターブランディングと並行して、社員が光り輝き個性が発揮できる職場づくりにインナーブランディングの強化に取り組み、給与体系の仕組みを複線型人事制度に改正し、リーダーシップを発揮できる人材づくりのための教育研修も多く実施していました。これらは、組織や個人の能力の視点に関わる取り組みとも考えられ、ひいては事業計画に基づいたマネジメントと社員個人の力量と紐づけた目標管理制度の導入からも伺われます。
 組織の能力向上では、知識・技能x心構えx考え方=仕事力と定義しています。そこにもインナーブランディング展開に向けた組織風土の見直しや、社員の能力開発と人間力を高める研修もあるようで、QCサークル活動、3S徹底強化などに加え、ISOマネジメントシステムの内部監査でも、相互監視型から内部監査員と被監査部門の創発をする「対話型」のスタイルに移行しているところは、注目したいところです。
 以上に紹介してきたような活動の成果の一部を5つの視点の因果関係で分類し、各視点毎に目指す目的・目標、達成状況を把握する方法・指標をまとめたものを拙書『経営は5つの視点の因果関係で考える』(桜美林叢書)に掲載してありますので、ご興味があればご一読願えれば幸いです。

(以上)

BSCを見直す(2)BSCと整合性のあるフレームワーク

ビジネスエクセレンスモデルも、同様に5つの視点の因果関係で説明できるフレームワークを持っていると考えられます。例えば、次のような構成を考えてみます。

(1)組織の理念/ビジョン/方針/行動指針/目標/風土/文化などの視点の着目点

組織プロフィール、戦略の領域に該当するところです。経営品質では、組織が継続的な経営革新(イノベーション)に取り組み、「卓越した経営」を目指しています。そして、戦略の構築も大切な取り組みです。製品やサービス、ビジネスの形態を内向な発想で考えると独自性と卓越性は発揮できず、競争力は生まれません。そこで戦略が必要となるのですが、単に戦略の手法を使うのではなく、組織にとって何が重要で、なぜ必要なのかを戦略的に考えることを推奨しています。

(2)組織能力/個人能力の視点

組織が該当する領域でしょう。経営品質では社員重視を標榜しています、社員1人ひとりを大切にし、社員のやる気と能力を引き出すことが重要で、社員は組織において最も大切な経営資源と位置づけています。なぜなら、顧客価値を創造するためには、社員1人ひとりが顧客の視点にたって仕事を行い、チーム力を発揮することが必要だからです。社員の成長への学習機会をつくり、社員同士の対話による組織の新たな知恵の創造、などを大切にしていると述べられています。

(3)顧客価値創造と提供/業務の質の視点

業務、すなわち5.顧客・市場の理解と6.価値創造のプロセスにあたる領域です。顧客価値を高めるため、他組織との異なる競争軸、独創的な価値提供、長期的な全体最適の経営の重視が大切で、単なる手法の模倣ではなく、経営品質の向上への独自能力形成が望まれています。プロセスは業務プロセスのみならず、創発のためのプロセスでイノベーションを実現していきます。言い換えると、顧客価値の創造や提供に結びついたプロセスが重要としています。

(4)顧客価値/顧客の評価の視点

結果のカテゴリー、とくに7.3の顧客・市場への価値創造プロセスの結果が該当するところです。組織の目的は顧客価値の創造であれば、価値の基準を顧客からの評価に置くことは当然のこととし、顧客から見た価値を重視し、すべての活動が顧客へ価値を創造し提供することにつながっているかを評価し評価されます。売上や利益は顧客への価値提供の結果ですが、5つの視点の因果関係では、次項の組織価値/財務成果の視点に入れることにしました。 むろん、顧客価値創造と提供と同様に、社会的評価も組織は社会を構成する一員であるという考え方で社会からも信頼されなければなりません。組織目的の達成が社会全体の利益にもつながるように考えていくべきと提言されています。

(5)組織価値/財務成果の視点

事業成果で、組織活動、事業活動を通じて得られた財務の結果や組織価値となることは、異存のないところでしょう。

ビジネスエクセレンスモデルのみならず、ISOマネジメントシステムもBSCとの整合性が良いフレームワークと考えられます。

(以上)

BSCを見直す(1)BSCとの出会い

 すこし昔話からはじめたいと思います。筆者がBSC(バランススコアカード)に出会ったのは、1990年代後半のことでした。外資系企業フィリップスの日本支社に勤務していたときに、日本経営品質賞のセミナーに頻繁に参加していた時期がありました。アサヒビールや富士ゼロックス、それにリコーなど,日本を代表するような企業が日本経営品質賞の受賞に沸いていたころのことで、それらのセミナーは、筆者の業務にも大変参考になったのです。

 と言いますのも、ちょうどそのころ、筆者が勤務していた企業でオランダに本拠を置くフィリップス社では、BESTプログラム(Business Excellence for Speed and Teamwork)という、いわゆるTQMの全社的展開が行われていました。そのプログラムでは、ビジネスエクセレンスモデル(経営品質賞のフレームワーク)に欧州品質賞(EFQM : European Foundation for Quality Management)を採用していたからでした。

 そのようなセミナーが渋谷の生産性本部で開催されていた或る日、筆者は価値創造のプロセスに関する指標の考え方について質問をしたことがありました。そのとき、日本総合研究所の方から「バランススコアカードという手法があるので研究してみてはどうか」という回答をいただいた記憶があります。筆者がバランススコアカードを知った最初の機会でした。

 一昨年に上梓した書籍のテーマである「5つの視点の因果関係」は、そのバランススコアカードのフレームワークから導かれたものです。下記に示すように、5つの視点が因果関係で一連のつながりを持って構成され、この5つの視点の因果関係は、多くの経営手法にも適用されている普遍性の高い考え方であることが、筆者のこれまでの経験と研究でわかってきました。また、実際に優れた経営を実践している企業や非営利組織の活動成果を5つの視点の因果関係で分析してみると、素晴らしい取り組みを「見える化」することができたのです。

   ⑤ 組織価値向上 / 財務目標の達成

     ↑

   ④ 顧客価値 / 顧客の評価向上

     ↑

   ③ 価値の創造と提供 / 業務の質の向上

     ↑

   ② 組織能力 / 個人能力の向上

     ↑

   ① 組織の理念/ビジョン/方針/行動指針/目標/風土/文化など

(以上)

 

新年のご挨拶と連載のお知らせ

新年あけまして、おめでとうございます。

皆様のご多幸を願いますとともに、相変わらずのご指導・ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。

さて、明日から「BSC(バランススコアカード)を見直す」というテーマで、連載記事をアップすることにしました。

1990年代から2010年ごろまで多くの組織や研究者から注目されていたBSCですが、今でも継続して活用されている事例が見られるにもかかわらず、なぜ全体的には停滞してしまったのか、そのような疑問を抱きながら、筆を進めていく予定です。

(以上)

年末のご挨拶と無料公開セミナー案内

謹啓、
今年も押し迫ってまいりましたが、お元気でお過ごしのことと存じます。
この1年、フィリップス、ヴェオリアウォーター、桜美林大学などのご縁を通じ大変お世話になり、誠に有難うございました。
来年も、引き続きのご指導ご鞭撻を、宜しくお願い申し上げます。
どうぞ、良いお年を、お迎えください。

(追伸1)
一般財団法人日本品質保証機構様のご厚意をいただき、2024年1月31日(水)、2月26日(月)、3月19日(火)に無料WEBセミナーで
「組織力向上のための経営ツールとマネジメントシステムの活用法~ISOの効果を“見える化”する」
と題する特別講演をさせていただくことになりました。
ISOのみならず経営戦略や目標展開、業務効率や生産性、経営企画や経営品質などについても触れる予定です。
どなたでも受講できますので、参加ご希望の方は以下のURLからお申込み下さい。
https://www.jqa.jp/service_list/management/topics/topics_ms_453.html

(追伸2)
桜美林大学大学院では、2024年2月18日(日)午後に実践ビジネス戦略セミナーを新宿キャンパスで開催の予定です。
テーマはヒューマンリソースマネジメント(人的資本)関連で、詳細は後日お知らせします。

高橋 義郎
高橋マネジメント研究所 代表
学校法人桜美林学園 顧問
日本経済大学大学院 非常勤講師

桜美林大学「ビジネス戦略セミナー」2月21日開催(無料)

謹啓、まもなく立春を迎えますが、お元気でご活躍のことと存じます。さて、本年も実践ビジネス戦略セミナーを開催いたします。ご参加ご希望の方は、以下の要領でお申込み下さい。

<実践ビジネス戦略セミナー開催要領>
1.日時 : 2023年2月21日(火) 13:30~17:00
2.場所 : Zoomによるオンライン開催
3.費用 : 無料
4.申込先: 氏名、所属をご記入のうえ、高橋(本メール返信)と杉山
(cc:dsugiyam@obirin.ac.jp)へ。(参加申し込みされた方には、Zoom URLを別途ご連絡いたします)
5.開催内容
・テーマ : 「社会的価値を志向したビジネスマネジメント~事例とフレームワーク」
13:30 開会・今回の趣旨と進め方 (全体司会:杉山大輔)

13:35 プレゼン1 「(仮題)社会的価値のためのソーシャルシステムの理論的背景」(高橋義郎、桜美林学園顧問)

14:05 プレゼン2 企業実践事例「(仮題)ソーシャルシステムの石坂産業様における実践事例」(石坂産業株式会社経営企画室 島 麻希子氏)

14:45  Q&A

14:55  休憩

15:05 プレゼン3 「(仮題)社会的価値を目指したサステナビリティ経営の射程」(杉山大輔 桜美林大学大学院特任教授)

15:35 プレゼン4 「(仮題)地域活性化のためのローカル鉄道の課題と検討策」(桜美林大学大学院杉山研究室)

16:15 Q&A

16:25 全体Q&A及びディスカッション(司会:杉山大輔)

17:00 閉会、来年度以降の進め方、アンケートなど

(以上)

新年のご挨拶と執筆書籍の紹介

新年あけまして、おめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりまして、有難うございました。
本年も、宜しくお願い申し上げます。

さて、以前に紹介させていただきました拙書『経営は5つの視点の因果関係で考える』(桜美林大学叢書)に対するご意見やご評価を多くの方々からいただき、誠に有難うございました。

綿密に作り上げたはずの経営の「方針」や「戦略」が実現できずに終わってしまう危惧として、戦略実現のために現場は何をすべきか分からないといった戦略の「展開」の仕方に問題があるとし、本書を書かせていただきました。副題は「強い組織をつくる経営ツールの使い方」と銘打ってもらいましたが、もうひとつ副題をつけるとすれば、「経営戦略の空文化を防ぐ5つの視点の選び方」となるでしょうか。

戦略や目標を美しく策定できても、それを実現するために現場で重点目標や評価指標を決めていくことは、なかなか難しいのが現実です。その理由は、せっかく考えた重点目標が、本当に全社的な戦略の実現と目標の達成につながっていくのかどうか確信できないという事情で、いわゆる部署最適の目標と指標の策定に留まってしまうことにあります。

しょせん、経営の戦略や目標は一種の仮説です。仮説ですから、達成への道のりには多くの不確実さや予期せぬ変化・リスクが横たわっていますが、ただ、達成や成功への確率を少しでも高めていく努力は必要です。その確率を高めていけるフレームワークが「5つの視点の因果関係」なのです。より多くの企業や組織にとって、目指す(意図した)成果を達成する一助となれば望外の喜びです。

(以上)