高橋義郎のブログ

経営品質、バランススコアカード、リスクマネジメント、ISO経営、江戸東京、などについてのコミュニティ型ブログです。

なぜ中期経営計画に市場・顧客の視点が見えないのか?

 やはりB2B型ビジネスの伝統的製造会社では、市場や顧客の視点を考えるのは無理なのかな?、と思いながら、某社の中期経営計画を眺めていたことがある。7月半ばにコメンテーターとして参加した、大手企業の経営企画部門が集まった会合での話だ。その会社は、卓越したエクセレントカンパニーを目指すことを中期経営計画に謳っているのであるが、例えば、ビジネスエクセレンスモデルやバランス・スコアカードのフレームワークに照らし合わせてみると、財務、変革プロセス、人財などの視点は明らかになってはいる。しかし、残念なことに、市場と顧客の視点に関する計画や目標が、あまり見られないのである。

 全く市場や顧客の視点が考慮されていないわけではない。例えば、その企業の中期経営計画では、「開発段階においては市場・顧客ニーズを的確に捕捉する」「顧客ニーズの多様化への対応」「市場・顧客に密着した開発の強化」「研究テーマ立案時の市場・顧客ニーズの視点の強化」「顧客の要望に応え最も優れた製品・サービスの提供」などの言葉が紙面に謳っている。にもかかわらず、中期経営計画の事業基盤としては、財務、モノづくり (変革プロセス)、人財の3つだけが掲載されているのは、ちょっと寂しい。それらに加えて、市場・顧客の視点として「マーケッティング基盤」とも呼ぶべきものを加えても良いのではないかと思うのであるが、どうだろうか? そうすれば、株主、社会、顧客、ビジネスパートナー、従業員などのステークホルダーを網羅できる事業基盤になるのではないか。そこに全体最適化経営のヒントがあるように思えてならない。多くの企業がホームページに中期経営計画を公開しているのは、株主向けのIRが主な目的と思われるが、そのため、戦略もよく分かるようになっていることが多いので、経営戦略に興味を持つ筆者にとってみれば、非常に有難い情報原といえる。

 そんな事をぼんやりと考えていると、7月23日付の日本経済新聞に日産化学工業を取り上げた「発掘・強い会社」の記事が目を引いた。渋沢栄一が作った老舗だそうで、同社の2017年3月期の純利益は4期続けて最高の見通しだという。快進撃を続ける秘密は世界有数の「化合物図書館」と呼ばれる同社の生物科学研究所で、所蔵する化合物は約40万点。いまでも年に5000点以上増え続けているそうで、欲しい化合物の名前をパソコンに打ち込むと、実物を自動で取り出せるという。化合物は複数の元素が化学結合によってできた物質だから、化合物のサンプル数が多いほど、新製品に結びつく種がたくさんあることになる。言い換えれば、組織の能力、BSCで言えば学習と成長の視点に該当する要因であろう。それに加えて、経営的に苦しい時期でも、高分子技術に詳しい技術者を残したことも、その要因に貢献していると言えよう。

 ところで、市場・顧客の視点のことである。この新聞記事によると、日産化学工業はどれもニッチだがシェアが高く、利益への貢献度が大きい成果を生んでいるとのことだ。ROEも14%強と高いレベルである。規模は小さいが収益率は高い企業なのだ。同社が標榜したスローガンは「祈りを掲げてテイクオフ」。その市場・顧客の視点として目指すところは、時代の変化に合わせた事業ポートフォリオの組み替え戦略」といったあたりが該当するのではないかと思える。単なる顧客重視の心構えというものではなさそうである。

 もしバランススコアカード(BSC)の「4つの視点」の因果関係が経営の全体最適化をガイドするフレームワークのひとつだとすれば、同社におけるBSCの「4つの視点」の因果関係は、次のように構成されるのではないか。読者の意見を待ちたい。

<財務の視点>
・連続最高益の更新
・規模は小さくても収益性の高い経営構造の実現
<市場・顧客の視点>
・時代の変化に合わせた事業ポートフォリオの組み替え戦略の実現
<プロセス変革の視点>
・ニッチだが高いシェアを得られる新製品輩出のプロセスの成果
<学習と成長の視点>
・化学物実物データベースとしての生物科学研究所の貢献
・高い売上高研究開発費比率と研究開発要員比率

(以上)