高橋義郎のブログ

経営品質、バランススコアカード、リスクマネジメント、ISO経営、江戸東京、などについてのコミュニティ型ブログです。

経営品質の散歩道 1.リーダーシップと方針展開を考える

 早いもので、今年も押し迫ってきた。年末という気分でもないが、本棚の資料を整理しようと思い立った。いざ作業を進めてみると、なかなか容易ではない。そこで3つに分類をしてみた。ひとつ目は、どうしても捨てられないもの。ふたつ目は、文句なしに手放しても良いもの。そしてみっつ目は、実はこれが一番決断に悩むところだったが、捨てるには惜しいと思えるものだ。結局は本棚から取り出しては、また本棚に戻すというものが多かったのであるが、そんな作業を繰り返しているうちに、はたと思った。捨てるのは簡単でいつでもできるが、いまいちど目を通してみて、乱読のすえにその本と出合った痕跡を残しておきたいという思いである。

 考えてみれば、毎日、経営に関わる書物や記事、論文や学生の原稿を読んでいると、情緒のある読み物に触れたくなる。とりわけ、司馬遼太郎や池波正太郎、それにコナン・ドイルが好きである。特に仕事に疲れた出張帰りには、何度も同じ本を買ってしまい、帰路の道中では読んでは頭を休めている。そのようなわけで、さっそく本棚から1冊の文庫本を取り出して、この原稿を書き始めることにした。最初に手にしたものは、筆者の勤務していたフィリップス社の本拠地に因んで、オランダの会社について書かれていた司馬遼太郎の『街道をゆく30:アイルランド紀行1』である。

 司馬によれば、ゲルマン系のオランダ人は、16世紀、世界史上最初に“ビッグ・ビジネス”という無形の文明能力を獲得した人々で、営利という一目的に対し、機械のように人間たちが部品化し、自分のポジションを心得つつ、組織を稼働させてみせるという芸をやってのけたという。16世紀のオランダ人の文明史的な大発明で、この芸当は、たとえばおなじ世紀のラテン系のスペイン人たちには望むべくもなく、ときあたかも、社会は個々の自律を要求した。たとえば銀行の書記たちが、たとえ一人でも自律的でなくなれば銀行業務という機械運動はストップせざるをえない。

 その16世紀に、スペインの無敵艦隊が英国海軍に破られた。以後、スペインは世界から衰退する。同時に、世界はビジネスができる国と、そのことが苦手な国にわかれるようになる。この時期、英国はすでにおこりつつあった産業によって、ビジネスという無形の文明的な“作用”を獲得しつつあった。英国海軍が強かったというよりも、ビジネスが海軍にまで及んでいたと解するほうがいいと、司馬は述べている。

 後年、19世紀の初めに英国艦隊のネルソン提督がナポレオンとスペインの連合艦隊を破った戦いでも、英国海軍の艦長たちがネルソンの意図や主題をよく理解し、そのつど察し、手足のように動いたことが、かれらのビジネス文明の大いなる成果であったろうと思われる。このことは、筆者が学ぶ経営品質やマネジメントシステムの「リーダーシップ」や「方針や戦略の展開」といったあたりの実践事例とも言えるであろうか。そして、英語の教科書や参考書で著名な、ネルソンが艦上で被弾して死ぬ最後のことば“I have done my duty.”は、英雄というよりも忠実に職務を果たしたビジネス人のことばに相応しい。

 余談だが、アイルランドといえば、忘れてならないのはビートルズの存在である。アイルランド人が吐き出すウイットあるいはユーモアは、死んだ鍋と言われる。相手はしばらく考えてから痛烈な皮肉もしくは揶揄であることに気づく。ビートルズがアメリカ公演したときの記者会見で、「ベートーグェンをどう思う?」と聞かれたリンゴ・スターは「いいね、とにかく彼の詩がね。」と答えて記者の幼稚な質問を愚弄している。MBE勲章をもらったときに旧軍人たちが抗議のために勲章を返上したときにも、「人を殺してもらったんじゃない。人を楽しませてもらったんだ。」とジョン・レノンが答えたそうだ。なんだか、江戸っ子のきっぷの良さとやせ我慢の風情につながるような気もして、良い心持と後味のある逸話ではないだろうか。読者の意見を待ちたい。

(参考:司馬遼太郎(2011)『街道をゆく30<新装版>愛蘭土紀行Ⅰ』朝日新聞出版)

(以上)