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高橋義郎のブログ

経営品質、バランススコアカード、リスクマネジメント、ISO経営、江戸東京、などについてのコミュニティ型ブログです。

経営品質の散歩道(6)「比較」について考える

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 経営品質賞のフレームワークであるビジネスエクセレンスモデル(以下、経営品質)と出会ったのは、1990年代の半ばである。はじめての出会いは、筆者が勤務していたオランダのフィリップス社でグローバル展開していた Philips Quality Award(PQA)であった。その後、PQAが欧州品質賞(EFQM)に置き換わり、日本法人で創設した経営品質部と改名したコーポレート部門が、それぞれの事業部門に対して導入企画立案と実際の運用支援をファシリテートしてきた。

 当時、米国ではマルコム・ボルドリッジ国家品質賞や日本経営品質賞が話題になりはじめたころで、オランダ本社から送られてくる資料は英文だったため、経営品質に疎かった日本法人の担当グループは、それらの経営品質賞をベンチマーキングしながら、導入作業を進めてきた。

 経営品質部を創設してから暫くして、上司の副社長であったA氏が経営品質の啓蒙書を作るアイデアを持ってきたので、その支援のために資料を集めはじめたことがあった。これが筆者にとって、大いに勉強になった。そのときに遭遇した記事に「日本人は比較することを知らないので、やがて滅びる」(司馬遼太郎(1995)『東と西』朝日新聞社朝日文庫)というふうなくだりであったと記憶している。経営品質風にいう「ベンチマーキング」であろう。本棚を整理していたら、『司馬遼太郎全講演集[5]1992-1995』が目に入った。ぱらぱらとページをめくって書かれた気づきのメモを読み直してみると、ちょうど同じような記述が出てきたので、本稿では「比較(ベンチマーキング)」について考えてみたい。

 「比較を拒絶すると国を滅ぼすことに」と題されたその項には、日本に好意を持っていたある女性の英国人ジャーナリストの話しが紹介されている。彼女が昭和2年に横浜から帰国するときに、「日本は滅びるでしょう。なぜなら、日本という国は比較ということを知らない」と言ったという。比較を知らないと、自分だけが偉いと思い始めてしまう危険がある。彼女が「日本は滅びる」と言ったのは、そこに理由があった。もしそのような人達が政権を担うようになったら、国をつぶすと予言したのである。司馬さんは更に、比較というものは冷酷無残で実にクールなものであること、よって人を傷つける場合もあるかもしれないこと、しかし比較嫌いは組織や国を停滞させ滅ぼすもの、などの危惧を示唆していたことがわかる。

 余談だが、過去に見聞したベンチマーキングと称する活動は、つくづく難しいと思うことが少なからずあった。理由のひとつは、その組織に合った最適な仕組みや手法は、長い時間をかけて自らの試行錯誤の末に、そして多くの努力の積み重ねで見いだされたものであるから、形だけ真似をしても同じ成果が得られるものではないという事実である。そのような背景から、ふたつ目の理由は「自分達には出来ないレベルであり、他の世界の話し」と早々と思い込んで諦めにも似た印象を持ってしまう傾向があったためであろう。したがって、「勉強にはなったが、ベンチマーキングの成果はなかった」といった自分勝手な結論を出してしまうことになってしまうのである。経営品質における「比較」の難しさは、今も昔も変わらないということであろうか。読者の意見を待ちたい。

参考:司馬遼太郎(2004)『司馬遼太郎全講演[5]1992-1995』朝日文庫・朝日新聞出版

(以上)