高橋義郎のブログ

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豪雪の地で小説『峠』を思う

 2月になって、新潟県上越市の直江津に行く機会があった。今年の冬は、日本海側の各地で豪雪が記録され、上越地方でも一晩で1メートルの積雪があったことが報じられていた。現地では、除雪作業があちこちで行われていて、ホテルに迎えにきてくれた方は、春になれば溶けてなくなるものなのだから、無駄な仕事ですよね、などと話されていた。確かに、雪国は大変だ。
 今回の豪雪に出会ったからというわけではないが、雪国ということばを聞くと、いつも思い出す小説が、司馬遼太郎の『峠』である。幕末の長岡藩で生まれ育った河合継之助の物語で、その小説に登場する場面や言葉が、おぼろげながらも記憶に刻み込まれている。
 そのひとつが、「雪国は損だ」という河合継之助のつぶやきである。もし雪がなければ、防雪や除雪に費やされる膨大な労力と費用は無用になるのである。ましてや、江戸時代の話しとなれば、人々は移動する手段を持たず、交通は遮断され、孤立することもあろう。豪雪の現地にいて、除雪する人々や機械の動く姿を見て、改めて膨大な無駄という現実を痛感する。
 河合継之助といえば、「石という知識を、心の炎で溶かす」という、塾の後輩に話す言葉も、印象に残っている。じつはこの言葉は、『峠』を読んで知ったのではない。筆者がまだ20歳代のころ、勤務していた会社の社員研修で、当時の営業部次長のN氏が研修冒頭の挨拶で紹介したものであった。じつに河合継之助らしい言葉ではないか。書物に限らず、物事をじっくりと考えて、行動に移す、知識、見識、胆識の3識を具現化する心意気が伝わってくる。思い起こしてみると、筆者が司馬遼太郎の著作物を読み始めたきっかけとなったのは、この研修を受けてからかもしれない。
 そして、3つ目が、江戸留学を申し出る継之助が家老に向かって叫ぶ「人間をご存じない」というものである。勉強をするなら、なにも江戸まで行かなくても、長岡で十分できるはずという家老の説得に対して、投げつけるように言う言葉である。うまく説明をすることができないが、筆者を深く印象づけるものとして、いまでも折に触れて思い出す。
 見るだけであれば雪は美しい。しかし、多くの人々の生活を阻害する要因にもなる。物事には、常に表の顔と裏の顔があるということであろう。

(以上)