高橋義郎のブログ

経営品質、バランススコアカード、リスクマネジメント、ISO経営、江戸東京、などについてのコミュニティ型ブログです。

司馬遼太郎『峠(上・中)』を再読して

 『峠』を読んだのは、20歳代中ごろのことである。勤務先の社内研修を主宰していた営業部次長が冒頭に「知識という石を、心の炎で熔かせ」と黒板に書き、越後長岡藩の河井継之助のことばであることを紹介した。研修に臨む社員への心構えとして、引用したのだろう。その話が、同書を読むきっかけとなった。ついでながら、引用された原文は「おれは、知識という石ころを、心中の炎でもって熔かしているのだ」と鈴木佐吉(後の刈谷無隠)に話す場面である。

 その引用箇所の前には、「河井のは文字をかくのではなく、文字を彫るのだ」と、古賀塾の事情に詳しい先輩が佐吉に言うくだりがある。この事情通のはなしでは、河井は訓詁(くんこ)つまり字句の意味のせんさくなどをばかにし、そのような授業が始まると他のことをするという。かれは学者というより行動家を志し、行動の原理を探っているらしい。世の中に、知識、見識、胆識という言葉があるが、継之助の真意は、知識は百科事典であり、見識は評論家に留まるが、胆識こそが目指す真の学問の姿と考えていたのであろう。

 ちなみに、経営品質(ビジネスエクセレンスモデル)やISOマネジメントシステムでも、やたらに規格の解釈を得意げに話す輩がいるが、それは知識や見識の範疇であり、真のISO経営実践などという胆識という意味では、どれほどのことかと思うことが多々あるのは、筆者だけであろうか。

 もうひとつ、徳川慶喜の大政奉還後に、会津藩の秋月悌二郎と継之助が話をする場面がある。そこで継之助は「覚悟」について触れている。覚悟というのもは常に孤り(ひとり)ぼっちなもので、本来、他の人間に強制できないものだ。覚悟が決まってから政略、戦略が出てくる。政略や戦略は枝葉のことで、まずは覚悟が問題だ、と話す。

 現在の経営に置き換えて言うならば、覚悟は、理念、創業の精神、ビジョン、あるいは信条と言い換えても良いかもしれない。ビジネスエクセレントモデルやISOマネジメントシステムのフレームワークでいうところの、リーダーシップ発揮→方針・戦略策定への流れに該当する考え方と思える。ジョンソン&ジョンソンの「我が信条」や、ソニー創業者の井深大の「創業の精神」と合致する「覚悟」と考えると、司馬遼太郎の筆による継之助の思考は、現在の経営にも参考になるのではないか。

 というようなことで、今回の再読は、これから80歳までの10年間のキャリアプランを考える「覚悟」を再考する意味で、有意義な再読となった。

 (参考:司馬遼太郎『峠(上・中)』新潮文庫、新潮社)