高橋義郎のブログ

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日経文庫『全社戦略がわかる』を読んで

 グルーバルカンパニーに数十年勤務した筆者には、全社のコーポレート戦略と事業部門の個別戦略の違いを理解しているつもりであったが、同書を読むに及んで、全社戦略の重要性と特質を再認識することができた。それは、全体最適化経営と個別最適化経営との対比という同書の構成からも、伺い知れる。複数の事業を持つ企業において、経営者あるいは本社は全社的視点で経営を考えることが必要であり、単一事業の戦略である個別事業戦略と分けて位置づけられている。したがって、長い間、事業部門のエースだった人材が、全社戦略を理解し実践するには、それ相応の特別な教育と学習が必要になることでもある。個別事業戦略では、顧客は誰か、提供価値は何か、競合は誰か、などが基本的な重点課題になるが、また、経理や財務などのように一つの狭い視点だけから全社を見ても、経営は経理や財務だけでなく、戦略、マーケティング、組織、オペレーションなどの要素を総合的に俯瞰しながら経営の結果を出し、目的・目標を達成するアートの側面があり、全社戦略では、個別事業戦略と比べて、考えなくてはならない内容は大きく異なると、同書の著者は言う。

 同書の話題は、事業ポートフォリオ・マネジメント、事業間の資源再配分やシナジー・マネジメント、全社ビジョンの作成と徹底、全社組織の設計などに及ぶ。とくに事業ポートフォリオでは、中止、統合、分割、開始、の4つが具体的な取り組みで、各事業に与えられた資源の中で、挑戦的な投資をして新規事業に乗り出すかどうかの経営判断は、やはり全体最適化経営を標榜できる本社が行うべき経営の意思決定としている。また、事業間のシナジー効果(相乗効果)、企業理念・全社ビジョンの策定、全社組織の設計と運営、などの全体最適化経営を目指す手法にも触れているが、それぞれの事業部門が自部門の優先論理で一生懸命に努力して個別最適を実現しても、単純にそれらの個別最適な事業部門を合計しても、全体最適になるわけではなく、コーポレート(本社)による全体最適化経営が必要になる理由は、そこにあるという記述は印象に残る。

 経営理念や全社ビジョンも、全体最適化経営の重要成功要因として注目すべきもので、むしろ、全体最適化経営のスターティングポイントと言っても良い。これまでの企業事例の中では、企業の経営ビジョンというものが、トップから現場の従業員に至るまで、日常業務との直結がビジョンを実行し徹底させるうえで、いかにパワフルかを示している。全社ビジョンの場合、異なる事業を営んでいる我々が、なぜ一つの傘の下にいるのか、そして、何をやらないのか、を明確にステークホルダーに伝える要素が含まれることが必要となる。ジョンソン・エンド・ジョンソンのクレド(我が信条)がタイレノール事件を乗り越えるビジョンとなりえたこと、窮地に追い込まれたスターバックスがビジョンに合う取り組みを新たに始めたことによる業績回復の再生劇を演じられたこと、オムロンの事業の歴史にみるソーシャルニーズ創造というビジョンに沿った行動の数々など、ビジョンが生み出す全体最適化経営の事例には、枚挙のいとまがない。

 ビジョンと関連して言及したいことに、全社事業ドメインがある。ひとつの企業が個々の異なる事業部門で構成されていても、ひとつの企業として、どの事業部門も、ある一定の事業ドメイン(事業領域)の範囲内で全体最適化経営を行うべきとすると、事業ドメインを設定し、個々の事業部門が、その事業ドメインから逸脱しないように全体最適化経営を進めていくことも、経営者や本社の重要な役割となる。全社事業ドメインを決める場合、ビジョンに適合する事業のみをやるべきという前提に立てば、ビジョンが事業ドメインを規定することになる。そのような意味で、全社ビジョンと全社ドメインの両者は、切っても切れない関係にある。ビジョンは、どこに行くのか、どうやって各事業部門を同じ方向に向かせるのか、そしてドメインは、自社の立ち位置をどこに定めるのか、などに焦点を当てた全体最適化経営を進めていくフレームワークだ。

(参考:菅野寛(2019)『全社戦略がわかる』日本経済新聞出版社)