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高橋義郎のブログ

経営品質、バランススコアカード、リスクマネジメント、ISO経営、江戸東京、などについてのコミュニティ型ブログです。

経営品質の散歩道(9)全体最適化経営について考える

 全体最適というテーマで、資料を集め始めたことがある。この作業は今でも続けているのだが、世の中に全体最適という言葉を冠するタイトルの書籍が少ないということもあり、まとまった成果に仕上げたいと考えつづけてきた。
 その用語に対するものは部分最適となるが、全体最適や部分最適は、日常の会話や文献にもよく出てくる用語であるにもかかわらず、資料を集めていくうちに、全体最適の具体的な定義というものは、なかなか難しいものだなと感じるようになってきた。その理由のひとつとして、かなり幅広い領域で使われる性格ということも、あるかもしれない。そのような背景から、この取り組みにおいて、多少の怯えも覚えはじめたのである。そんなことを考えている折に、本棚に並んでいた『坂の上の雲』(司馬遼太郎著、文春文庫)の2巻目を見返していたら、全体最適に該当すると思われる記述が目に入ってきた。
 それは、日清戦争における日本の連合艦隊の戦術について、主人公の秋山真之が「まったくの素人だ」と嘆くところから始まる。彼は、巡洋艦乗り組みの一少尉の身でありながら、伊東の率いる連合艦隊の戦術を批判していたという。各艦が、組織全体が目指す戦略目的に向かっていく役割分担とか配置が適切に行われていないことを、指摘していたのである。以下は、その箇所の要約引用である。たとえば彼の乗っている筑波は牙山港に入って陸上部隊を援護していた。陸上では陸軍の奮戦で牙山が陥落し、敵兵はすでに北に逃げ、一兵の敵も見当たらないという状況であるというのにだ。その結果、なおも筑波は牙山にくぎ付けされ、別命を受けていない。また、日本の戦略的戦艦は、漢江付近の警戒を命ぜられて孤立しており、主力ははるか南方の根拠地にいて、敵艦隊の捜索すべき行動もとられていない。海上勢力がこのように離隔し、それぞれ分立し、しかも連絡が断絶していてはどうにもならず、最悪の場合は敵主力艦隊に各個に撃破され敗れてしまうというリスクを抱えている。
 戦いの要務は勢力を集中し、より大きな打撃力を構成して敵にあたることであり、兵力の分離は海上戦略上もっともいましむべきところであり、全軍の士気を低下させ、「われわれは将来、こういう愚をくりかえしてはならない」、と言わしめている。このあたりは、戦略の全体最適化がとられていない事例として参考になるのではないか。
 横道にそれるが、経営品質やISOマネジメントシステムにおける全体最適化というものが、(再びと言ってよいかもしれないが)研修や審査で叫ばれるようになってきた。新年早々に受講している本日の関連研修でも、同じようなことを繰り返し強調していることからも合点がいく。
 そのような状況の中で、筆者が悩むのは、全体最適が善で部分最適が悪、といったふうな断定が、なかなかできないところにあるからだ。資料の収集が進むなかで、その思いは徐々に頭を持ち上げてきているのだが、読者の意見を待ちたい。

参考:司馬遼太郎(2016)『坂の上の雲(二)』文芸春秋、第46刷

以上