高橋義郎のブログ

「5つの視点の因果関係で考える経営」をバランススコアカード(BSC)、経営品質、ISO経営、江戸東京などで考察するサイト

日本経営品質学会のこと

 経営品質という言葉に出会ってから30年ほど経ちました。以前にもどこかの稿で触れたかと思いますが、勤務していた日本支社へオランダ本社からビジネスエクセレンスモデルでセルフアセスメントをするようにとの方針が伝えられ、各事業部長と協議をしたことが始まりでした。そのエクセレンスモデルが欧州品質賞(EFQM:European Foundation for Quality Management)で、エクセレンスモデルそのものが分かっていないうえに配布された説明資料は英文で書かれていたこともあって一向に理解が進まず、ちょうど生産性本部が展開し始めた日本経営品質賞のフレームワークを参考にしながら日本支社での導入展開を行ったときの苦労を未だに覚えています。

 その後、日本経営品質賞は地方での協議会発足やコンサルティング活動などを通じて、日本の中で様々な形態で浸透していった経緯がありますが、日本経営品質学会もその一翼を担っていた組織でしょう。幹部の方々のご尽力により、今年も研究発表大会が10月24日に開催され、筆者も会場に伺いました。発表内容は幅広い領域で網羅され、基調講演には「こども家庭庁」長官の藤原朋子氏が登壇され、統一演題には「AIエージェント経営品質における直感・暗黙知・意味生成」、「組織プロフィールを学習装置として捉える」、「魅力あるまちづくりのための新たな価値形成を志向する地域経営:新潟県長岡市の取り組み」、「職員は実践と内省を通じてどのように判断前提を更新するか:福祉事業法人における継続実践記録と最終ワークシート分析からの考察」、「価値創造型DXに向けた組織能力発達モデルの構築」などの研究報告がありました。

 上記の基調講演や研究報告で一貫している共通点は、組織経営のベースとなる人財、人間性、それに企業風土、文化といった組織経営のベースとなるキーワードだったろうと思われました。長岡市の取組みについての報告では、「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」といった名言まで引用されていました¹。EFQMもISOマネジメントシステムも、昨今の現在の改訂版にはカルチャーとか文化という用語が新たに頻用されはじめており、今大会の報告内容との整合が窺われたことは偶然の一致と言うより必然だったのかもしれません。

(出典1:https://biz-kotoba.com/meigen/yamamoto-isoroku-yattemise/)

 

会社も大学も伸びしろに注目

 社員のモチベーションを高めたり離職率を下げたりするには、社員が仕事を通じて自らの成長を実感できることが大切と言われています。マズローの欲求階層説(5段階説)にもあるように、自己実現の欲求を目指して欲求の階層を登りつづけていくわけで、この行動モデルは大人の社会ばかりでなく、学生の世界でも見られることです。

 少子化により、多くの大学は将来に向けて存続するための方策に凌ぎを削っていますが、教授職を終えてからの3年間に顧問を拝命していたころ、学園内の関係者が将来の方向について議論をしていたことを覚えています。きちんとした中期経営計画を策定し発表している教育組織でしたから、将来構想や戦略策定も明らかにしていこうという意欲の表れと思われました。

 その議論の中には、大学の創造価値の着眼点として「伸びしろ」というキーワードがありました。大学に入学した時点でのレベルと比べて4年後の卒業時にどのくらい成長したのか、あるいは成長させることができるのか、という話です。偏差値という指標での高さを誇ることも大切ですが、「伸びしろ」という新たな指標も大学を評価する方法のひとつとして浸透していくのではないかとの考え方でしょう。

 最近になって、大学評価に学生の成長を入れ込む試みが発進したようです。文部科学省が2030年度に大学の第三者評価(認証評価)制度を一新し、各大学の「教育の質」を学部ごとに評価して結果を星の数で示す仕組みで、これからは「入学後どれだけ成長できるか」を基準に選べるよう、それを「見える化」する必要があるとの方針を公表しています¹。世界に誇れる教育力を備え全ての大学が三つ星になるのが理想で、仮に地方の大学が星3つを取り続けているなら公的に支援して残すべきであり、一方、全く改革をしない都市部の大学が残ることへの違和感も解決しなければ、日本の人財教育に未来はないという危機感がその背景にあるのでしょう。

 学生や社員の「伸びしろ」を、どのように「見える化」して良質校を残していけるのか、教職に携わった筆者にとって、関心を持ち続けたいテーマです。

(出典1:日本経済新聞、2026年10月12日付)

初秋に見る新潟市の奥深さ

 この数年間、新潟市の亀田という地に出入りしています。その地名を関したK社の本社とそのグループ企業へ伺い、経営管理の社内研修を通して微力ながら企業経営や人財育成のお手伝いをさせていただいてきました。新潟といえば、大学卒業後に就職した企業では柏崎工場に配属されて数年間住んだこともあり、どちらかというと新潟市内よりは中越に馴染みが深かったのですが、やはり県都である新潟市の歴史と繁栄は目を見張るものがあります。

 司馬遼太郎氏の書著のなかでも、歴史小説『峠』には長岡藩家老だった主人公の河井継之助が新潟へ出張する話が描かれていますし、また、『街道をゆく』9巻目の「潟のみち」には亀田郷を訪れた訪問記が詳しく書かれています。数年前までの筆者が持つ新潟市のイメージは、それらの読み物から構築されたものであったかもしれず、そのような意味で、今回のK社での研修プロジェクトは、筆者にとって新潟市を見聞し肌で知る良い機会となりました。

 その一例ですが、早めに研修スケジュールを終えることができた某日、新潟駅から3キロほど北にある「旧齋藤家別邸」に立ち寄ってみました。明治から昭和初期にかけて新潟の三大財閥の一つに数えられた豪商・四代齋藤喜十郎が大正7年(1918年)に建てた別荘で、回遊式庭園と建物の「庭屋一如(ていおくいちにょ)」の趣向で造られた開放的な建築と庭園は、はなはだ結構なものでした¹。建物と庭園を歩き回って疲れた体を休ませようと別邸の隣にある「行形亭(いきなりや)」に入ったところ、こちらも新潟最古の老舗料亭らしく、期待に違わぬ素晴らしい雰囲気の休み処でした。聞けば元禄年間創業で、和服姿の女性たちが喫茶室まで案内してくれました。

 商業都市、工業都市、文化都市、それぞれの側面を持つ新潟市の奥深さを感じた、初秋の一情景でした。

(出典1:旧齋藤家別邸パンフレット)

 

管理職を憧れの経営職に

 いろいろな企業の経営者や部門長の方々とお話しをしていると、「最近の中堅社員は管理職になりたくないと考える人たちが多くて困る」といった話を聞くことが多々あります。もちろん、そうでない中堅社員もいないわけではありませんが、経営者や部門長が期待する回答からはずれていると、余計に目につくのかもしれません。少なくとも中堅社員にまで育った人たちには、会社の将来を担う自覚と行動を求めているわけでしょうから、その期待に応えていって欲しいという願望が上記のような発言となって現れることになるのでしょう。

 会社側としても、期待値を高めることを報酬や権限移譲、負担を減らして部下と向き合える時間を増やすなど、企業の発展には社員の個人としての成長と組織への貢献の両方を具体的に実現できるようにサポートする必要がありそうです。言い換えると、管理職を罰ゲームでなく「憧れの対象」に変えていく努力も不可欠との意見も聞かれます。ちなみに、なぜ日本のミドルマネージャーや疲弊しているのか、経団連がまとめた報告書によれば、「経営環境や組織構造が変わり、管理職の役割が高度化・複雑化しているにもかかわらず失敗が許されない雰囲気が職場にあるため部下に仕事を任せられない」と指摘されているようです。働き方改革や人手不足により管理職の負荷は高まる一方ですが、経済界での対策はさほど進んでいないように見えるようです¹。

 余談ですが、日清食品HDでは社員行動指針「日清10則」の中に「迷ったら突き進め。間違ったらすぐ戻れ」というのがあるそうで、経営層が一定のリスクを許容し、現場の要望に素早く応えていくことや、走り出した現場を抑え込んでしまう恐れがある後ろ向きな直属の上司を牽制しているようです²。また、東京都立大学の松田千恵子教授は、「本来、経営とは統合的・俯瞰的な視野に立ち、人々との協働によって目指す未来を実現するエキサイティングな仕事であるはずで、せめて管理職ではなく「経営職」と呼ぶことから始めたらどうか³」と提唱し続けておられることに注目したいところです。

(出典)1:日本経済新聞(2026年9月28日、「管理職は罰ゲームにあらず」)、2:日経ビジネス(2026年9月21日号、「AI駆動型リーダー」)、3:日本経済新聞(2025年10月16日、「日本型経営に必要なもの;経営のプロを生み出せるのか」)

 

隠れた大学院時代

 現在も継続している大学教員、企業支援、工場審査などの仕事の原点はどこにあったのだろうかと、ときどき考えてみることがあります。その多くは、外資系企業で1995年ごろから携わった経営品質関連業務を通じて体得した知見や体験が占めていることは間違いないのですが、その時期はフィリップス社が戦略的な経営改革を行っていた変革の期間とも重なっていたことが、筆者にとって衝撃と刺激のある学びの機会となりました。言い換えると、グローバル企業の経営というものを肌身で感じられた得難い経験を積ませてもらえた、自分自身にとっては大学院以上のレベルに相当する学びの場であったかなとも思えます。

 日本の経済界で活躍しておられた方々の自伝や評伝を見聞すると、それぞれに「自分にとっての生きた経営の学びの場や機会」があって、その後の成長や成功につながっていたという話が散見されます。例えば、日本初の本格的なコンビニエンスストア・チェーンであるセブンイレブンを創業し、最大最強の小売企業へと育て上げた日本を代表する経営者である鈴木敏文氏も「隠れた大学院時代」があったことが報じられています。その書籍によれば、トーハン入社後まもなく配属された出版科学研究所での3年間の勤務時代のことを指しており、そこで鈴木流経営学の軸と言われていた心理学と統計学との出会いがあったとのことでした。その経緯は『鈴木敏文の統計的心理学』の「鈴木流経営学の原点は隠れた大学院時代にあった」と題された章を参照願えればと思います¹。

 鈴木敏文氏といえば、ヨークベニマルの大高名誉会長が彼の思い出を語ったインタビュー記事の中で、鈴木氏の功績として「単品管理という思想を実践したこと」を挙げていました²。小売業の原点は発注であり、何が売れて何が売れないか、消費行動に基づいて商品を絞り込むことが大切ということでしょう。そんな大高氏のインタビュー記事には鈴木氏へのほのぼのとした哀悼の気持ちが溢れているように感じられ、新聞記事の中でも筆者が好きな記事のひとつです。

(出典)1.『鈴木敏文の統計的心理学』(勝見明、日経ビジネス人文庫)、2.日本経済新聞(2026年7月30日付)

 

リベラルアーツに経営者が注目

 大学院のゼミ生が修士論文執筆に向けて医療関係者を取材をしたいとの求めに応じて、和光市にある某医療関係研究機関へ院生と一緒に伺ったことがあります。取材に応じてくれたのは以前にBSC研究会で知り合い、当時は筑波大学大学院博士課程に在籍していた方でした。お伺いしたときは同研究機関の部門責任者になられており、取材の時間もそこそこに昔話に花が咲いてしまったという、なかなか楽しい面談のひとときでした。結局、院生にとっても有意義な取材体験となったようで、彼の論文は見事に査問をパスして安堵した思い出があります。その取材の帰り際に、「そういえば桜美林大学はリベラルアーツの教育方針が軸にありますよね」と問われたことが記憶に残りました。

 10年間ほど教授職や顧問職としてお世話になった桜美林大学でしたが、筆者自身、リベラルアーツというものをあまり理解できていませんでした。そこで桜美林大学のホームページを見てみると、「社会のありとあらゆる問題にさまざまな角度から立ち向かうことができる、それがリベラルアーツの学び」と明記されていました。そして、「古代ギリシアで誕生した人間を束縛から解放する知識で 専門の学科や職業課程とは区別されるもので、リベラルアーツとは元来、人間を良い意味で束縛から解放するための知識や、生きるための力を身につけるための手法を指す」とあります¹。

 リベラルアーツはビジネスの世界でも多くの経営者が関心を示し注目してきているようで、日経ビジネスでも「海図なきAI時代の羅針盤リベラルアーツがリーダーを鍛える」という特集が組まれたことがありました。その特集記事の冒頭には、「根本的な問いに向き合うためには人類史や哲学を学ぶ必要がある。パーパスやウェルビーイングを語るのにも哲学や心理学が欠かせない。ピーター・ドラッカーは、経営はリベラルアーツだ、と繰り返し語った。リーダーにとって最も重要な、人間と社会を理解する力になるからだ。問いを立てる力、本質を見抜く力、人間に対する洞察力・・」と高らかに謳いあげていました²。

 その記事の影響もあったのでしょうか、以来、哲学の入門書や類似の書籍を手に取ることが増えました。司馬遼太郎氏や小林秀雄氏の講演集や対談集もその範疇にはいるとすれば、それらの書籍を読むことにより、経営書に囲まれた世界を砂漠にたとえればオアシスにいるような気分に浸れるのも、不思議なことではないのかもしれませんね。

(出典)
1.https://www.obirin.ac.jp/academics/arts_sciences/what_is_liberal_arts.html
2.日経ビジネス、2025年10月27日号

 

社員が共有できる中期目標

 企業研究会という異業種交流勉強会の中に企業の経営企画部門の方々が集まる会合があります。筆者も15年間ほどお世話になっている一種の事例勉強会ですが、毎月、企業の経営者や幹部の方々をお招きして講演を拝聴し、その後に参加者がグループに分かれて討議をし、グループ発表後は有志で懇親会を開き、異業種他社相互の交流深化や情報交換を図っている素晴らしい会合です。参加者の方々が所属する企業は業界を代表するようなところが多く、このような経営企画部門に特化した企画は数少ないと参加者の方々からお伺いしたこともあり、盛況が続いているようです。

 そのメンバーの中に著名なコンサルタント会社から参加されていた方がおられ、筆者が主宰していたビジネス戦略セミナーへ講師としてお招きしたことがありました。彼は中期経営計画作成やPDCAサイクル活用のマネジメントに対して一家言あったようで、そのあたりを論点として聴講者の皆さんと意見交換をしながら、有意義な講演会になったことを覚えています。とくに筆者のメンター的存在だった(故)新将命(あたらし・まさみ)氏も彼と真っ向勝負するような議論にオンラインで参加され、両者のやりとりは他の聴講者の皆さんを魅了する討議にしていただけたことを懐かしく思い出します。

 中期経営計画の要否については様々な意見があるようですが、たとえ中期経営計画を作成していなくても、経営のマネジメントとしては、長期目標→中期目標→部門目標→個人目標へと展開される有意性は認めるところでしょう。例えば、中期目標のない長期方針では戦略の展望が不透明だとし、長期目標だけを掲げても中期目標がないと、そこに至るまでの戦略運営を管理できないのではないかとの意見もあります(出典1)。また、某社の経営者は、「世界で一番使われるグループウエアメーカーを目指すという長期目標(あるいは方針)に対し、現場のメンバーからすれば共感はするけれども自分たちの日々の仕事からは遠く感じられるので、その間には部門やチームと個人のそれぞれの目標を設定していくことの必要性」を述べておられ(出典2)、おそらく、それらの目標は中期と短期で設定していくことに違いないと推察するのですが如何でしょうか。

(出典1:日経ビジネス、2026年8月31日号、出典2:日経ビジネス、2025年11月24日号)

 

AIで変わる経営業務指標

 もう30年ほど前のことですが、プリンターを製造していたエプソンという会社の事業部の経営品質報告書を読んだことがありました。キャノンでもブラザーでもエプソンでも、どの会社のプリンターを購入しても性能的にはそれほど大差がないといったユーザーからの評価が浸透していた時期に、それならばサービスの良さで差をつけようと、エプソンはプリンターの「1日修理対応率」や「コールセンターのヒットレート(応対率)」を向上させるための施策を打ち出しました。

 それら2つの顧客満足度の指標を高めるために関連するプロセスの改善活動や仕組み構築に着手したのでした。結果として、エプソンのプリンターは顧客満足度No.1になったことが当時の日経ビジネスで報じられていたと記憶しています。この事例はBSC(バランススコアカード)作成の好材料ともなったことから、筆者のBSC導入研修に使わせていただきました。確か、その当時のプリンター事業部の事業部長は、エプソンの副社長になられたと伺っていました。

 時代は変わり、現在のようなAIが台頭してきたご時世では、コールセンターのヒットレート(応対率)は、もはや現実的なKPIとは言えなくなってきたように思えます。たとえば、日経ビジネスの記事では、「応答率からの解放」というキャッチフレーズを掲げて、KDDIグループで業務委託・コンタクトセンター事業を手掛けるアルティウスリンク社は、電話をとること自体がコンタクトセンターの目的だった時代から、顧客を理解し、その声を商品やサービスの改善に生かす時代へと移るべきであった、AIによってその流れが加速すると見ているようです。

 その記事では、AI時代はコンタクトセンターが大きく変化し、フロント窓口(AI音声・チャットなど)は応答率だけを追う運営から脱却しコスト・負荷の軽減をし、2次対応(人間のオペレーター)は例外処理やクレーム。VIP応対などAIの支援で役割が高度化し、現場責任者であるスーパーバイザーはVoC(顧客の声)分析や施策立案・AIの改善などAIの支援でこれも役割が高度化するということになると報じています。

 経営や業務の仕組みが変化すると、経営や業務の指標も変わってくるというわけで、VoCを基にした改善提案など、顧客との関係性や事業への貢献を重視する指標にシフトしているということでしょうか。

(参考・出典:日経ビジネス、2026年9月7日号)

 

納得感が生む組織のチカラ

 10年ほど前の話ですが、京都に本社を置く某グローバルカンパニーで業務管理指標を設定するガイドラインを作成する作業を支援する仕事を1年間ほどさせていただいたことがありました。業務管理指標と言っても、財務目標の達成につなげる非財務領域の目標管理であり、両者の因果関係を考慮した目標と指標の設定をめざしていたものです。その支援業務の中で、「どのような目標や指標の設定がベストと言えるのでしょうか」というような質問を受け、「目標や指標を設定する当事者の皆さんが、何を見たらうまくいっているかどうか分かるのか、という腹落ち具合ではないか」と回答した覚えがあります。また、「それらの当事者の皆さんが納得できているかどうかも大事と考えます」ともお話をした記憶が残っています。

 腹落ちすることと納得することは、目標や指標の設定ばかりではなく、事業経営や従業員マネジメントなど経営全般において共通した原理原則ではないかと思います。ハウステンボス会長や長崎県立大学理事長を歴任した坂口克彦氏も「社員は納得してこそチカラを発揮する」という趣旨の発言をしています(日経ビジネス、2024年6月3日号より)。経営に携わる際、同氏がとても大切にしていることは働く人たちの納得であり、働く一人ひとりが納得できる仕事を積み重ねてくれた結果を尊重している姿勢が窺われます。

 敬服する経営者やマネージャーの方々と面談の機会を多くいただいていますが、そのたびに「腹落ちと納得」は事業経営の原理原則なのだなと改めて感じさせてくれた、坂口氏のインタビュー記事でした。

 

人的資本と経営戦略の連動

 ある異業種交流会で、人事担当役員の方が「人的資本と経営戦略との連動による変革への挑戦」という演題で講演をされていました。聞き手の多くは経営企画担当の方々が多く、講演後のグループ討議では、それぞれの企業での経営企画部門と人事部門との連携や関わりについての意見が交わされ、日ごろ彼らが人事部門をどのように評価しているのかが窺われて、筆者にとりまして大変興味ある会合となりました。

 講演された役員からは、「人的資本経営は人材価値最大化経営であり、個人のスキルや能力を最大化することで個人が最大のパフォーマンスを発揮し、それが事業戦略の実現につながることで、結果として個人と会社の幸せの両立を実現すること」が強調されていました。その一方で、一般的な話ではあるにせよ、会社の人事部門はうまく価値を発揮できていないのではないかとの自問も披露され、グループ討議の中でも、人事部門が現業部門へ落とし込んでくる施策やツールについて何のためにやらされるのか分からない、などのような意見が聞こえてきました。

 そのような意見が出てくる背景には、人事部門が発するメッセージの中で「目指す真のゴール」が示されていない、あるいは、示されていても現業部門では腹落ちしていないといった内部コミュニケーションに問題がありそうです。それらの課題と関係があるかどうかわかりませんが、2026年8月25日(火)の日本経済新聞の社説「企業は環境対応や人材戦略を市場に語れ」には、『人的資本でも研修時間や男女構成の数字だけでなく、生産性向上や価値創出にどう結び付けるかが大事』という記事を読み、どうやら同じ趣旨の課題ではないかと推察してしまいましたが、どうでしょうか。

 講演者の結論として、「経営戦略や事業戦略がブレたとしても、人財戦略としてブレない軸や拠り所を持つこと」の重要性を唱えておられ、人事部門の現場を仕切る当事者の知見や体験を知る大変参考になったご講演でした。

 

 

甲子園に行けるISOマネジメント

 春の選抜高校野球大会で優勝したことのある高崎健康福祉大学高崎高等学校(以下、健大高崎)は、この夏の全国高校野球選手権大会でも決勝戦へ駒を進めました。かつて出版された「もしドラ」(『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』岩崎夏海、ダイヤモンド社)が話題になったことがありましたが、野球部の女子マネージャーがドラッカーの経営理論が書かれた『マネジメント』が野球のマネジメントにも生かせることに気づき、甲子園を目指すというストーリーだったかと記憶しています。経営学がスポーツの世界でも役に立つということをアピールした功績は、とても大きかった書籍だと思います。それでは、品質マネジメントシステムと呼ばれるISO9001(2015年版)ではどうなのかな、と思われる読者の方々も多々いらっしゃるのではないかと推察されますが、いかがでしょうか。

 ISO9001(品質マネジメントシステム)で、品質という言葉を「経営」という言葉に置き換えると、使いようによっては事業経営に大変役立つ普遍性のあるフレームワーク(あるいはツール)と位置付けることも可能です。その使い方や活用の方法を、技術システムであるISO9001を経営システムの視点から考えてみると、例えば、健大高崎の野球部監督の青柳博文氏が実践した取組が参考になるかもしれません。彼が理想として掲げたことのひとつに、「スタッフ(選手)一人ひとりが、自分に与えられた役割を果たし強さが維持されていく組織文化を作ること」があり、そのため、会社員時代に国際標準化機構(ISO)の認証取得を担当した知見と経験を利活用し、同野球部を無名から強豪へ変身させた事例もあります。加えて、もうひとつの目指している姿は、「誰が監督をしても勝てる組織をつくること」で、もし青柳監督が不慮のトラブルで突然いなくなったとしても対処できる組織と仕組みをつくることを心がけているとのことでした。それらの取組みには、きっとISOマネジメントシステムの考え方が生かされているものと推察されます(参考:日本経済新聞、2025年3月6日付)。

 多くの困難を抱えながら弱小チームから強豪チームへ、青栁監督は当初から「本気で甲子園を目指す」という熱意を持ち、選手に誇りを持たせることを重視し、「機動破壊」と呼ばれる戦術で走塁を重視した攻撃スタイルを確立。近年では打撃力を強化した「スペクタクルベースボール」を掲げ、走るだけでなく打って走るチーム作りを行っています。(参考:https://sports.yahoo.co.jp/official/detail/2025070400015-spnaviow)

ドラッカーでなくてもISOマネジメントシステムの活用で甲子園に行ける、という貴重な実践からの学びを与えてくれた、青柳監督のインタビュー記事でした。

 

歴史小説に見る2:6:2の法則

「購買先の2割の会社から購買量の8割を購入しています」とか、「売上の8割が顧客の2割への販売です」などのような法則めいたお話を伺うことがあります。同じように、「2割がリーダー、6割はフォローワー、残りの2割が〇〇」といったようなことも、経営や人事の書籍によく書かれている例え話が見られます。私事ですが、多くの企業での取材では、これらの法則が成り立っているなと思えるような説明や回答をいただく機会が多くあります。数か月前の話になりますが、会食後に立ち寄った西日暮里駅近くにある古本屋さんで歴史小説を買い求めたところ、その本に2:6:2の法則が書かれていたことに興味を持ちました。その歴史小説とは『信長の原理(上)』(垣根涼介著、角川文庫刊)です。

同書によれば、織田信長がまだ吉法師と呼ばれていた年ごろに、織田家中で孤立感を深めていた信長が暇に任せて食べこぼしの食べ物に蟻が群がってくるのを眺めていたところ、ふと蟻の動きの何かが気になったといいます。ちぎれた食べ物を蟻たちは行列をなして巣穴へ運んでいる中に、餌を運んでいない蟻や、いかにも運んでいるふりをして仲間たちの後について巣穴へと戻っていくだけの蟻もおり、それら怠けている蟻の数は2割くらいいたと分析。その後も観察を続けていた信長は、餌運びの仕事を引っ張って懸命に運んでいるのは2割ほどで、なんとなく働いているのが6割、そして明らかにやる気のない蟻が2割いるとの結論に達したようです。そして、まるで信長の直轄軍である馬廻衆の実態と同じではないかと思いあたり愕然とし、そこで信長は懸命に働く2割をいかに増やすことができるか算段をするようですが、相手が人間だけに流石の信長もその方策には苦心を重ねていくようでした。

同書を読み終わり、そういえば出来事の記述というよりは信長や秀吉などの登場人物の心理的側面を中心に描かれた時代小説だったかなとの印象が残りました。例えば合戦などの描写は抑えられている代わりに、そのときどきの信長、秀吉、光秀をはじめとする主要人物の心の内を代弁しているような表現で小説を構成している感がありました。もし同書を読まれた方がおられれば、ご意見を賜れば幸いです。

 

時代劇にみる知財戦略

テレビ番組は選んで観ることが多いのですが、NHKのBS時代劇は、そのひとつです。最近(といっても再放送でしたが)放映されていたBS時代劇は「銀二貫」で、大阪にある寒天問屋の物語でした。武士の子であった主人公が寒天問屋で働きはじめ、故あって硬い寒天の作り方を寒天製造者のもとで開発する。その次に、その寒天を使って練羊羹の開発にも成功するのですが、「菓子屋を始めるのか」という寒天問屋の主人の問いに、「大手和菓子屋に練羊羹の製造ノウハウを譲与し広めてもらい、その代わりに寒天を大量に買ってもらいます」との提案が・・。その戦略どおりに寒天は大売れし、懸案だった銀二貫を天神さんに寄贈することができたというお話でした。

この時代劇を観ていて、「練羊羹の製造ノウハウを菓子製造業者へ譲渡して市場を拡大したこと」は知的財産のオープン戦略にあたるでしょう。一方、「硬い寒天の製造ノウハウと製造元は秘密にして一手に独占販売権を保持することは知的財産のクローズ戦略」と言えるでしょう。

結局、菓子製造業者はホクホクであり、その市場は拡大していくにつれて寒天問屋のビジネスも大きく成長することになり、典型的な三方よしのビジネスモデルが実現したことになります。知的財産のオープン&クローズ戦略については、関連情報が多く公表されているので本ブログでは説明を省きますが、江戸時代で活躍した大阪商人のビジネス感覚は、現代にも通じるものがありますね。

スキルマップ再考

最近のビジネス誌の記事や識者との会話の中で、スキルマップという言葉を見聞きすることが何度かありました。スキルマップと言えば、筆者が会社に在職中にISOマネジメントシステム導入担当となった折、力量に関する規格要求事項に対応するために各事業部門で作成してもらったことが記憶にあります。そのときはISOマネジメントシステムの審査への対策として作成しているといったような気分があり、規格が目指す本来の意図とは乖離があった活動だったかなと反省の気持ちも含めて振り返ることしきりです。

その反省のきっかけとなったのは、1990年代後半に出会ったビジネスエクセレンスモデル(経営品質賞のフレームワーク)、特にEFQM(欧州品質賞)の9つのカテゴリーの因果関係を知るに及んでのことだったろうと考えています。9つのカテゴリーの因果関係とは、①(リーダーシップ)→②(方針と戦略)→③(人材)→④(経営資源とパートナー)→⑤(プロセス)→(⑥従業員・⑦顧客・⑧社会の結果)→⑨(事業の成果)という構成であり、この因果関係の流れは現在のISOマネジメントシステムのフレームワークに取り入れられ、特にISO9001(品質マネジメントシステム)ではその傾向は顕著に見られます。力量やスキルマップに関連するカテゴリーは「人材」であり、その前後の因果関係を考えると、なぜスキルマップや教育訓練計画、それに実施結果の有効性確認が必要で大切なのかが分かってくることでしょう。

スキルマップと言えば、老舗ステーキチェーンの「あさくま」を率いる廣田陽一社長も「人材の育成については、各店舗の店長に社員一人ひとりのスキル一覧表や育成計画を作成し、隔週ベースで本部に提出する仕組みを取り入れた」、「社員自身にスキルの過不足を把握してもらったり、それぞれにふさわしいポジションやチャンスを与えたりするための材料として役立てている」などのようにインタビューで述べています(出典:日経ビジネス、2026年7月6日号)。

筆者を含め、経営管理やISOマネジメントシステムに関わる実務者には、示唆に富んだ話ではありませんか。

 

幸福価値創造について

日本生産性本部が主宰している日本経営品質賞の受賞組織の受賞報告発表会が、毎年2月ごろに都内で開催されてきました。筆者も一時期まで参加させていただき、経営品質向上への取組み事例から多くの気づきをもらえた良い学びの機会でした。その中で、2013年日本経営品質賞の大規模部門で受賞したワン・ダイニング社は、筆者にとって印象に残る企業のひとつです。

日本経営品質賞のホームページによれば、同社は関西地区を中心に主に郊外を中心に焼肉レストラン、しゃぶしゃぶレストランの事業を展開し、基本の徹底による店舗価値向上に向けた継続的な取り組み、第一線のアルバイトの戦力化と成長の場の提供、スピード感をもった改善・革新に向けた取り組みなどが特筆された経営の取組みとのことでした。

記憶によればBSC(バランススコアカード)も導入していて、その点においても筆者の参考になる企業事例でした。大学の講義ではBSCの事例としても紹介させていただきました。意外にも同社のレストランでアルバイトをしていた履修生もおり、講義が終わってから「今日の講義を聴いて、なぜレストランの店長が朝礼で同じような話を繰り返しするのかが理解できました」と言ってくる学生もいました。

ワン・ダイニング社の受賞報告発表の中で印象に残っているキーワードは、同社に関わりのある全ての方の「幸福価値創造」を目指すと話されていたことで、「2時間の幸せ」という言葉でも表現されています。

2時間の幸せといえば「3分間の幸せ」というのもあるようです。例えば百貨店では高額の超高級品を販売するだけではなく、量販店やチェーン店にはない少しだけ値段の高い商品を多くの消費者に提供し、日常の生活にささやかな潤いや幸せをもたらすことも百貨店の魅力であり、ある専門家によればこれを「3分間の幸せ」の提供と呼んでいます(出典:日本経済新聞、2026年7月6日付)。

3分間の幸せを提供する百貨店も、他業種との差別化を図る意味でも重要な経営方針として実践していくべき価値提供と思われますが、幸福価値創造を目指すことは、多くの企業にとっても共通した理念に通じるものの、なかなか実現する仕組みを作り実践し成果をあげることは容易なことではないでしょう。顧客満足から顧客の感動へ、顧客価値をどのように創造し提供していくのか、経営品質賞の資料を読み返しながら振り返りをしている今日このごろです。