高橋義郎のブログ

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ナゴヤが生んだ「名」企業

 名古屋という地域は、名古屋人にしても企業にしても、独特の文化を感じさせるところである。その名古屋の企業について書かれた書籍(日本経済新聞社編(2017)『ナゴヤが生んだ「名」企業』日本経済新聞出版社)を読んでみた。
 書籍の「はじめに」には、「名企業」の由来は名古屋の「名」と、名門とか優れたという意味の「名」の掛け言葉であると、述べられている。地名をカタカナで「ナゴヤ」としたのは、対象企業を愛知、岐阜、三重のナゴヤ経済圏全体に広げようと考えたためだという。確かに、ナゴヤの企業の名鑑と思えるようなイメージの本に仕上がって、読んでいてナゴヤ地域の企業風土といったものが、読み手の体内に浸み込んでくる想いがした。
 貴重な事例や取材から、多くの学ぶべきことがあったが、なぜか、井村屋の話しが印象に残った。それは、コメ相場で失敗し、後がなくなった井村和蔵が、家庭で作られていた「あずき」の羊羹の効率的な製造方法を編み出し、それを継いだ長男の二郎が仲間たちと「株式会社井村屋」を設立し、即席ぜんざいなど「あずき」を使った新商品が市場から受け入れられた話からはじまる。個人商店から法人組織へと脱皮する重要な時期のことである。西洋的な発想と材料にとらわれていたアイスクリームの新市場開拓に苦戦していた中、「俺らの得意なあずきがあるやないか」と和菓子とアイスを融合した「あずきバー」が生まれた。また、肉まんは、冬になるとアイスのケースが空っぽになることに目をつけ、冷凍ケースの代わりにスチーマーを置き、肉まんを売り始めたのが、きっかけだったという。出来立て感覚で食べられる点が受けて、夏はアイス、冬は肉まんという、販売の平準化を果たした。この季節変動における販売の平準化は、多くの企業が持つ悩みであろうから、参考になるエピソードではないか。経営品質でいえば、ベンチマーキングになるところか。
 この連載を終えて編集部長の発田氏が回想していたことは、名企業の物語には、続編があるということだった。次世代の自動車産業、リニア中央新幹線のプロジェクトなど、ナゴヤの名企業の挑戦が今後の数十年で何を生み出すのか、その成否は日本経済の行方に大きな影響を与えるという意見には、賛成である。なお、個人的な気づきであるが、もし可能あれば、本書に「あとがき」を書き添えてもらえると良かったなか、と感じた。

(以上)